羽生結弦選手について書いているうちに過熱気味になってしまったが、国別対抗戦が始まるまでに世界選手権シリーズを終えるべきなので、今回は男子シングル総レビュー。「フィギュアスケートにおけるクロスジェンダーパフォーマンス」の筆者としての特殊な視点もあるが、まずは、印象に残った選手に触れながら、男子シングルスケーティング全般の感想をレポートしてみたい。
全選手の演技を見届けて思ったことは、フィギュアスケートはやっぱり男子シングル!(が私は一番好き)ということ。もちろん、女子シングルやアイスダンス、ペア競技にも素晴らしい魅力があるが、男子シングルスケーターが巻き起こす空気感、あの風が好きだ。スピード感、ダイナミックな動き、迫力、情熱。そしてさらに芸術的な美しさや、エモーショナルな情感、優雅さをも兼ね添えた選手も存在する。初めて競技を会場で観戦して、男子シングルの魅力をあらためて実感した。
国内開催とはいえ、テレビでは最後の2つのグループしか放映してくれないので、第1グループの第1滑走者から、一人ひとりの選手を見逃さないように集中。特に、SPでは多くの選手の3Aジャンプが見られる。前半グループには今シーズン シニアデビューも多く、独特の緊張感と爽やかがある。既に多くの日本ファンを獲得している選手もあり、会場の応援が寂しくなることもない。
前半グループで特に印象に残ったのは、アゼルバイジャンの美少年、ウラジミール・リトヴィンツェフ君。SPでは冒頭の4Tを含めノーミスのクリーンな演技を見せ、K&C(キスアンドクライ)で見せたおどけたジェスチャーとピュアな笑顔も観客たちを喜ばせた。FSでも4Tを成功させ、全てレベル4とはいかないが、しなやかな柔軟性があり、スピンが得意な選手だと感じた。独特の明るいキャラクターも魅力的で、ロシアで勝ち抜いてきた優等生のアンドレイ・ラズキンより華があるかも知れない。今回、知名度のない選手でFSに進めたのは彼一人で、FSには既に名の知られた選手が揃い、彼の存在がリンクに新鮮な風を吹き込んでくれた。将来有望な選手なので、ぜひ良いコーチのもとで才能を伸ばして欲しい。
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フランスのケヴィン・エイモズ選手がSPで見せた空中前転にも会場が沸いた。かつてバック転で大きく減点された同じフランス人選手スルヤ・ボナリーのリベンジの意味はないだろうが、この前転は減点なしだった。ユニークな技が取り入れられていくことで、フィギュアスケートが面白くなっていく面もあるので、多くの選手に彼のように独創性を発揮して欲しいと思った。
全体を通じて、クリーンな演技は数少なく、予定したプログラムを世界選手権という最高峰の舞台でノーミスで滑り切るのはやはり難しいのだろう。転倒や大きなミスが画面で観るよりも鮮烈に残像として残り、演技全体の印象に影響する。その意味で、SPの第5グループに登場したマッテオ・リッツォのノーミス演技が印象的だった。曲は有名なカンツォーネ「ヴォラーレ」。しかし、歌はなく、彼自身のスケーティングが歌だった。歌入りの曲の使用が可能になったのはよいことだが、このように、歌曲から歌声を省いてスケーティングで歌いあげるのが本来の表現のように思えてきた。白のシンプルな衣装がクリーンさとイタリア的な明るさをいっそう際立てていた。
ヴィンセント・ジョウのダイナミックな4Ltz+3Tに始まり、長身を活かした空間いっぱいに広がる演技も、観ていて清々しい気持ちになった。今回は回転不足判定の減点もあったが、現時点における最高得点である4Ltz+3Tの成功率の高さが示す確かな技量とセンスの持ち主であり、今回も銅メダルを獲得した。まだまだ伸び代もあり、羽生結弦やネイサン・チェンの強力なライバルとなることだろう。 (つづく)