真央に捧ぐオマージュ ―平昌オリンピックにおける浅田真央の存在感

浅田真央は公式には平昌オリンピックに全く関与していない。引退したかつてのメダリストがオリンピックで解説者やレポーターとして活躍するのはよくあることだが、オリンピック関連のテレビ番組に現在の浅田真央がテレビに登場することはない。その理由について詮索することは控えるが、彼女の不在はあまり問題でない。いまやどんな競技会でも彼女の存在感をたっぷりと感じ取ることができるのだから。

平昌オリンピックのリンクで繰り広げられるフィギュアスケート競技を観戦しながら、浅田真央の美意識やアスリート魂が多くの選手たちに受け継がれていると感じた。偶然の一致かも知れないが、浅田真央へのオマージュと解釈できる要素を含んだ演技が多々見られるのである。

浅田真央の「蝶々夫人」をオリンピックで観ることを楽しみにしていたのに、彼女の引退により叶わぬ夢となってしまった。しかし、宮原知子がFSにこのテーマを選んでくれた。彼女自身の世界観が創り出されたプログラムとなっているが、オリンピックに向けてこのテーマに込める想いには通じるものもあるだろう。浅田の悲願でもあった「蝶々夫人」でのメダルをぜひ勝ち取ってて欲しい。

浅田真央と言えば彼女が挑戦し続けてきたトリプルアクセル・ジャンプが思い浮かぶが、今回のオリンピックでは長洲未来がこの大技を携えて出場し、団体戦で加点付きの見事な出来で成功した。バンクーバーでマオのトリプルアクセルを見て憧れ、練習を重ねてきたという。

今回の金メダルを争っているエフゲーニャ・メドベージェワも「真央さんはお手本です」と語る通り、彼女の崇拝者である。完全無欠のように彼女だが、実はルッツが苦手という浅田真央と共通の弱点を抱えながら、一つひとつのエレメントのクオリティを上げて高得点を取るという戦法で浅田真央が保持していた世界最高得点を更新した。彼女を見ていると、浅田もトリプルアクセルにこだわるより他に勝ち続ける方法があったのではと思ってしまう。そして、敢えてその道を選ばなかった彼女の熱いアスリート魂にまた感動を覚える。

また、男子選手―特に日本人選手―にも彼女の影響を受けて成長を遂げてきたフィギュアスケーターは少なくないだろう。銀メダルを獲得した宇野昌摩を技術的上達に加え今回特に成長が見られた洗練と繊細な表現に、根底で浅田真央に通じる美を感じた。彼がフィギュアスケーとを始めたきっかけは、5歳のときに当時中学生だった浅田真央その人に「君かわいいね、フィギュアやりなよ」と言われたことだという。宇野ののような逸材を見出したことも彼女の功績の一つと言えるだろう。

そして、羽生結弦のSPのために振付を担当したジェフリー・バトルが選んだ音楽、ショパンの「バラード第1番ト短調 作品23」を採用したことのあるもう一人のフィギュアスケーターが浅田真央であった。バンクーバー・オリンピック直後のシーズンに、浅田はこの曲をエキシビションのテーマに選び、タラソワの振付で優雅なパフォーマンスを披露していた。ヴァイオリンが主旋律を奏でるアレンジの曲で微笑を浮かべながらゆったりと滑る浅田の姿は、高貴なスワンに憑かれたような羽生の緊張感に満ちた演技とは一見対照的だが、一流の振付師が最高の能力や魅力を引き出す曲として選んだ曲が同じであるということに、感性的、美意識的に通じるものがあることを感じる。前半の両腕を上に曲げて開いたフォームでのターンは、偶然の一致に過ぎないのかも知れないが、似た動きを見せているジョニー・ウィアーの「The Swan」へのオマージュとも、浅田真央へのオマージュとも解釈できる。

また、バンクーバーの銀メダルで十分な栄誉なのに、身体能力的なピークを過ぎ腰痛と闘いながらトリプル・アクセルに挑戦を続け、結局金メダルを手にすることができなかった浅田は、怪我を抱えながらも連続2回の金メダルという快挙を達成した羽生とは対照的だが、逆境の中、諦めずに挑戦し続けた彼女の姿の記憶が励みとなる瞬間があったかも知れないと考えたくなる。そして、あまりにも偉大な勝者である羽生や、今回の銀メダルで引退を決意したハビエル・フェルナンデスと比べ、まったくスマートでなく、かっこ悪いとも言える浅田の一面に、愛おしさや共感を覚えてしまう。

注目を浴びている選手だけを挙げてみたが、オリンピックのリンクで世界中の選手たちの演技を応援しながら、今なお浅田真央の存在感を感じずにはいられない。引退後、もはやアスリートである必要がなくなった彼女だが、貫き通してきた芯が抜かれた今、プロフィギュアスケーターとして生まれ変わるには少し時間がかかるかもしれない。落ち着いたら、アーティストとしての道を追究していくことだろう。彼女は既に、その不在をもってさえも感動を与える、至高のアーティストなのだから。

  

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中