3月23日、男子シングルFS。「奇跡の」逆転に期待が高まる中、羽生結弦は黒い羽の衣装を纏って最終グループに登場した。羽生自身の命名による「Origin」はエフゲニー・プルシェンコが芸術点オール満点を獲得した伝説のプログラム「ニジンスキーに捧ぐ」の曲を用いているが、ニジンスキーに捧げる要素は廃され、自らの成長した姿をもってプルシェンコに捧げる、羽生自身のプログラムとなっている。したがって、「シェヘラザードのテーマ」の挿入はなく、ニジンスキーのポーズやトウを踏むバレエの要素は強調されていない。SP「秋によせて」のアンニュイな美少年風から、メイクアップもヘアスタイルも衣装もがらりと変えてダークな魅力も漂う高貴イメージに見事に変身を遂げていたが、この衣装もカラーは同じブラックだが、プルシェンコが当時着用したものにあまり似ていない。むしろ、ジョニー・ウィアーの「フォールン・エンジェル」(バンクーバー五輪FS)をブラックにしたようなデザインである。
Embed from Getty Images低い姿勢の独創的なポーズから演技がスタート。やはり、手の印象が圧倒的である。「奇跡の」大逆転が期待される重圧の中、飛距離のある美しい跳躍で4Loを成功。上級フィギュアファンであれば恐らくループとはっきりわかる完璧な着氷であった。怪我の原因となった4Loがファーストジャンプという構成は非常にスリリングでリスクの高いものに思われたが、心配は杞憂であった。オリンピック以後、3回転も含めてルッツジャンプを回避している羽生にとって、ループの克服は恐らく重大な課題でもあった。今回自身最大の挑戦を見事にやり遂げたものの、続く4Sで着氷が乱れ、しかもダウングレード判定となった。演技前半は緊張感漂う重々しい雰囲気が続き、羽生の柔軟性ある肢体が映える斬新なポーズが展開された。この中にニジンスキーを象徴しプルシェンコへオマージュをささげるものも含まれているのかも知れない。この中で行われたStSqは何故かレベル3判定だったが、演技全体が絶妙な緩急の均衡で連続するステップシークエンスのような作品に仕上げられていた。
Embed from Getty Images演技後半では羽生にしかできないユニークなエレメントである4T+3Aを含め、3つのコンビネーションジャンプを全て成功し、全てのスピンで加点付きのレベル4を獲得。黒羽の衣装でスワン・スピン(ウィアー=スワン風パンケーキスピン)を回転する姿はブラックスワンを思わせた。コリオシークエンスは彼のトレードマークとイナバウアーと今季から新たに全プログラムに加わったハイドロブレーディングによる豪華な構成となっており、どちらもこの衣装で行うと、悠々と翼を広げたブラックスワンを彷彿とさせる。プルシェンコのジュニア時代のエキシビションプログラムにもスワンがあり、恐らく彼の源点の一つであったことを羽生も知っているだろうか?
かつてのプルシェンコを思わせる高速スピンで演技を終えた羽生結弦に、観客は沸き、かつてないほど長いスタンディングオベーションと熱い拍手喝采が捧げられた。結果は銀メダルであり、次の滑走者ネイサン・チェンに最高得点は更新されてしまったが、新ルールにおける最初のFS200点、合計得点300点の達成者として、羽生結弦の名は歴史に残る。