平昌オリンピック、フィギュアスケート男子シングル、FS(フリー)演技を終え、羽生結弦は「感謝の気持ち」を込めて自分の右脚に触れた。
2017年11月、グランプリファイナルの練習中に4回転ルッツで転倒し、右首を負傷。その後全ての試合に欠場し、長いブランクを経てのオリンピック出場となった。結果は既に世界中で知られる通り、SP(ショート)でノーミスの演技を披露し自らの世界最高得点に迫る111.68点を獲得してリードし、FSでも200点を上回るスコアを叩き出し、金メダルに輝いた。
逆境に打ち克つメンタルの強さ、努力と忍耐、卓越した運動能力、天性のセンスと芸術性、フィギュアスケートへの愛、そして勝利への情熱。金メダルに導いた羽生の美点が際限なく思い浮かぶ。そして、今回はそれらに加え、計算されたコントロール、判断力といった理知的な要素も挙げられるだろう。高得点ではあるが自らの最高得点を更新しての勝利ではなく、FSにおいてはネイサン・チェンに次ぐスコア、技術点においては宇野が僅かに上回っていた。そしてレベル3判定のエレメントも含む、完全ではないスコアに、持てる力をバランス良く発揮するための優れたたコントロール能力、根性や底力だけではない、精神的、理知的なアスリート魂を感じた。
負けず嫌いの彼は、しばしば「~でレベル4が取れなかった」ので次回は改善したいとコメントしている。しかし、今回のオリンピックでもレベル3を悔やむようなコメントはなかったようだ。ラストジャンプがレベル3と判定されたSP後のインタビューでも、全て意図した通りの出来で取りこぼしはないと語っていた。自分に厳しい彼には珍しいことだと首を傾げたが、金メダルという結果にファンとして狂喜しつつ、あのレベル3のスピンは、FSの最後まで右脚を温存させるためのコントロールしてのことだったのだと理解した。恐らくFS前半のステップシークエンスがレベル3となったのも同じ理由で、すべては想定済み、計算済みのことだったと私は推測する。
今回は、4回転を含む全てのジャンプの軸脚、着氷する脚となる右脚の疲労を軽減し、いつもと変わらぬクオリティを保ち高い演技構成点を獲得するためにも、こうしたコントロールが必要だったのだろう。トップに立つためには、完璧を追及するより、バランス良く自己を律する理知的な調整が必要であった。彼は今なお怪我の状態について多くは語らないが、右脚は完治しておらず、フィジカルにもメンタルにも相当な不安を抱えながらの挑戦だったのだろう。4回転ジャンプのレベルを負傷の原因となったルッツの他、成功率も高いループまでも回避し、難度や回数よりクオリティ高さで勝負するという道を選びつつ、それを実現するには、ジャンプの軸脚である右脚の温存が必須であった。完全でないスコアにここに到るまでの痛み、そして今も抱えているかも知れない傷と不安を感じ、今回の金メダルの尊さにあらためて感動を覚えた。
Embed from Getty Imagesいや、次の目標は4回転アクセルと宣言しているのだから、既に右脚の怪我は克服しており、上記に繰り広げた推測は杞憂に過ぎないかも知れない。
「魔物に救われた」と羽生は語るが、世界の頂点の競技の場であるオリンピックの場に流れる凄みが、彼にコントロールが重要であることを喚起したのだろうか? 2大会連続のオリンピック金メダリストという歴史的な栄誉に輝いた彼は今、取り巻く全てを―「オリンピックの魔物」さえも―味方につける勝者のオーラに溢れている。
Yuzuru Hanyu’s Olympic Demon and Control to the Gold Medal